【人生の逆転劇】引きこもりだった私が運送業界で仕事を始めて社会復帰できた話
この記事では、私が脱・引きこもりに成功して、社会人として自立できるようになったエピソードを書いていきます。
時は2001年。専門学校を卒業した私は両親のいる実家で生活していました。
週に何日かバイトするフリーターとして、夢も目標もなく、ただただフラフラとして過ごすだけのそんな毎日。
そのダメっぷりもだんだんとエスカレートしていき…
実家暮らしの楽さに甘えてバイトも辞めてしまい、自分の部屋に閉じこもってテレビゲームやインターネットを閲覧するだけのヌルい生活にどっぷりハマっていました。
自分は社会の役に立てないゴミだなという認識はあったものの、ヌルい生活が心地良くて甘えていました
今にして思えば、若い時期の貴重な時間を無駄に過ごしていたと思います。
社会復帰のきっかけは父の言葉
ニート生活を1年以上続けていた私を見兼ねた父がある日、私にこう言いました。
父「明日からわしの働いてる会社にこい」
そう父に促されて、実家にお金も入れていなかった後ろめたさもあり、次の日から父の働く運送会社で見習いとして働かせてもらうことになりました。
毎日テレビゲームばかりしていた引きこもりの自分が、肉体労働なんてできるのか?
マリオカートで例えると、周回遅れでビリの状況から1位を目指すような難しさ。
最初は「自分には向いてないだろう」と、そう思っていました。
この社会復帰するきっかけをくれた父の言葉がなければ、私はどうなっていただろう。今は父に感謝しています!
運送会社は思っていたよりも普通の会社だった
私は18歳の頃に普通免許を取らせてもらっていたので、2トン〜4トンのトラックまでは乗れる資格を持っていました。(※2007年6月以前の免許制度)
しかし、まさか運送会社でトラックの乗務員をやるだなんて、私は考えもしていませんでした。
運送会社といえば、昭和の菅原文太のトラック野郎のイメージがどうしてもありました(偏見)
当時はヤンチャしてた人が就職する会社というイメージがどうしてもありました。
そんな偏見があったので、どうせ私には合わない世界だろうと思っていました。
仕事を覚えるための最初のステップ、「横乗り」
今日からお前の先生になる◯◯だ
父が私に紹介したのは、いかにも昔はヤンチャしてましたと言わんばかりの風貌をした青年。
金髪の派手な髪型で、イカつい雰囲気をもったお兄さんが、ニコやかに私に挨拶してくれました。
初めまして、最初はわからんことばかりと思うけど、なんでも聞いてな
そう爽やかに話しかけてくれた私より4歳上の彼。
後で知ったことですが、暴走族のヘッドを親友に持ち、喧嘩相手の高校の校舎前にバイクで乗り付け、暴れまくったりといった数々の武勇伝を持ち、何度も修羅場をくぐり抜けてきた過去のある方だったみたいですが、今は結婚をして子供もおり、見た目以外は爽やかで気持ちの良い青年でした。
そんな彼の横乗り(助手席に乗りながら運転や配送のやり方を見て教えてもらう)を1ヶ月ほどさせてもらい、ドライバーの仕事の魅力や大変なところを学ばせてもらいました。
彼の横乗りをしている車内では、当時流行っていたMDプレイヤーのスピーカー付きの機種から大音量でRHYMESTERのラップが流れていました。
仕事に慣れてきて、自分でもやっていけそうな気にさせてくれる会社に恵まれた
横乗り期間を経て、独り立ちした私は2tトラックの配送業務を任されました。
そんな私の様子を他の乗務員の方々は気にしてくれて、気さくに声をかけてくれました。
◯◯君、どうや、運転慣れてきたか
この会社に就職するまで関わることのなさそうなタイプの人たちでしたが、皆さんとても明るく、冗談が飛び交っては笑い声の絶えない、そんな雰囲気の職場でした。
コミュニケーションといえば、従業員どうしの話題でよく挙がるのが、酒と女とパチンコでした
そんな昭和の男のたしなみと言われた“飲む・打つ・買う”の三拍子を地でいくような人もいれば、クラシック音楽が趣味で、運転中はずっとクラシックを聴いている真面目そうな人もいました。
個性に溢れた従業員の方々ですが、
困った時はお互いさまの精神で、誰かが荷物の積み込みを大変そうにしていたら手伝いに行ってあげたりといった協力関係ができていて素敵だなと思ったものです。
まだ新人で、右も左もわからない私にも丁寧に指導をしてくれました。
会社に入る前と入った後ではガラッとイメージが変わりました
運送会社は意外と普通の会社なんだなと。
仕事にも慣れてきて、今後もやっていけそうな気にさせてくれました。
給料アップを目指してステップアップ
2tトラックで配送業務をやり出して2年ほど経ち、仕事にも馴染んできた頃。
4tトラックでの配送を任せてもらえるようになりました。
最初はトラックの大きさに怖さを感じたものですが、先輩が横に乗って運転指導をしてくれて、わりとすぐに乗りこなせるようになりました。
4tトラックに乗るようになってから、給料面でも目に見えて収入が上がったので、運送会社もステップアップすればどんどんお金を稼げることを知りました。
会社負担で免許を取らせてくれることもある
4tトラックの仕事にも慣れてきた頃、
大型トラックドライバーの枠が空いたから、大型免許を取ってみないか?
社長に提案されました。
聞けば教習所の費用は会社で負担してくれるというので、二つ返事で取らせてもらうことになりました。
仕事しながら休日などを利用して教習所へ通い、無事に大型免許を取得。
大型の低床4軸のウイングトラックを任されて、給料はさらに上がりました。
運送業界でやっていこうと思うに至る
大型トラックの仕事にも慣れてきて、入社から数年の月日が流れました。
時には激務で、眠たい目をこすりながら走るような過酷な日もありました。
20年ほど前はまだトラック業界も今よりは労働環境は緩かったので、寝ずに長距離を走るといったこともまかり通っていました。
確かにしんどいですが、自分の中ではそれを上回るメリットが大型トラックの仕事にあったので、自分はもう運転手としてしかやっていけそうにないなと思っていました。
トラックに乗って会社を出てしまえば自分のペースで一人で仕事を進められて(納期は厳守)、運転時間を自分の時間にできるトラックの仕事が自分には合っていました。
そしていくつか会社を変わり、乗るトラックの種類も変えて経験を増やしていきました。
運送業界で必要な資格を取る
- フォークリフト
- 玉掛け
- 小型移動式クレーン
- 運行管理者
- 危険物取扱者乙種第四類
キャリアのステップアップにつれて、運送業に必要な資格も取っていきました。
運行管理者を取得したことで、一時期は事務所で配車の業務や営業をしていた頃もありますが、やはりトラックを運転したいと思い、トラックドライバーに戻ったりしています。
まとめ:きっかけがあれば人は変われる
今回は個人的なエピソードをお届けしましたが、いかがだったでしょうか。
現在に至るまで、仕事を続けてきたことで良かったと思うのは、
- メンタルが鍛えられた
- 人との繋がり
- 妻との結婚
- マイホームを買う
- 資産運用のための元本を作る
もちろん大変な事もたくさんありましたが、得たものもかけがえなくて大きいものであると思います。
私の場合は、何の興味もなかった運送会社へ入社することがきっかけで運命が大きく変わったわけですが、現代の若い人で人生に何も希望が持てず、未来予想図を描けない方への参考の一助になれば幸いです。
未来を自分の手でしっかり掴み取ろうとすれば、きっと良いことがあります
ではまたっ、ピース!